NTTドコモは井上尚弥選手が勝利したボクシング世界バンタム級4団体王座統一戦を動画配信サービス「dTV」などで独占配信した。
ドコモはスポーツを含めた動画配信を成長戦略のひとつに位置づける。
この注目の一戦は試金石だったが、試合直前に会員登録システムにエラーが発生するなど準備が不足し、会員登録なしで見られるように「無料開放」した。
動画配信の競争が激化するなか、利用者を呼び込むには安定運営が大前提だ。
「登録しようとしても期限切れのワンタイムパスワードが届いた」。
試合当日の13日夕、千葉県の30代男性会社員はdTVの会員登録に苦慮していた。
熱心なボクシングファンの同僚から歴史的な一戦をスマートフォンでも見られると聞き、約2時間かかる帰宅の電車内で見ようとしていた。
何度か試しても登録がうまくいかず諦めかけたところ、ツイッターで「会員登録をしていないのになぜか見られるようになった」という投稿を見つけた。
ドコモは「試合を見られない人が出ないように特例措置を講じた」と説明する。
午後6時ごろからは会員登録をしなくても見られるようになった。土壇場の「無料開放」はなぜ起きたのか。
dTVは月額550円で見放題の映像配信サービスで、スマートフォンやテレビ、パソコンで視聴できる。
ドコモで携帯電話の回線契約をしていなくても利用できるが、会員基盤「dアカウント」の取得が必要になる。
ただ、13日は井上選手の試合を見ようと会員登録が殺到。
会員登録の認証と試合映像の配信システムは分かれているものの、アクセス集中が続くと試合を見られない人が出るばかりか決済など他のサービスにも影響が及ぶリスクがあった。
ドコモも手をこまぬいていたわけではない。
12月に入るとdTVの新規登録は急増。
井上選手の試合を機に入会する人が増えているとみて、ホームページや公式ツイッターでは早めの会員登録を呼びかけた。
サーバーの増強などシステム強化も実施していたが、井上選手の集客力は想定を超えていた。
ドコモ幹部は「試合を見てもらえるようにした判断は良かったが、詰めが甘かった」と認める。
試合を誰でも見られる状態になったことで、dTVに登録を済ませていた人の間では不満の声もあがっている。
初めて登録した場合は31日間は無料で利用できるが、米アップルの「アップストア」や米グーグルの「グーグルプレイ」経由の場合は適用されない。
返金を求める声も上がっているが「dTVは月額サービスで、井上選手の試合は一つのコンテンツ」という理由から対応は検討していないという。
米アマゾン・ドット・コムの「プライム・ビデオ」や米ネットフリックス、米ウォルト・ディズニーの「ディズニー+(プラス)」など動画配信の競争は激しさを増す。
固定ファンのいるスポーツは会員獲得につながりやすく、各社が視聴者を引き付けるコンテンツ開発に注力する。
サイバーエージェントの「ABEMA(アベマ)」はサッカーワールドカップカタール大会の放映権を得て、日本対クロアチア戦では視聴回数が2000万回を超えた。
ドコモの子会社だった「NTTぷらら」(22年7月にドコモと合併)が18年に井上選手とメインスポンサー契約を結んだため、試合に臨む井上選手のトランクスやリングにも「docomo」の文字が刻まれていた。
宣伝効果は大きい。
ドコモは「安定運用に努め、今後もスポーツを含めた魅力的なコンテンツ配信に取り組んでいく」と説明する。
携帯料金値下げや人口減少で収益の柱だった個人向け通信の成長は先細りになる。
ドコモは26年3月期までに「非通信」領域の売上高を全体の半分以上とする計画を掲げ、サービスの会社への脱皮を目指す。
映像配信サービスもその軸のひとつだ。
井上尚弥戦の教訓をどう生かすかが今後の成長を占う。