故人の遺言が無ければ、お金が引き出せない。
遺産分割協議は、意外と揉めるケースが多い。
払戻制度は知っておかないといけない。
故人の口座からお金が引き出せない
「母親の口座から250万円を引き出すことができて、一息つけました」。
神奈川県に住む男性会社員のAさん(59)はこう話す。
一人暮らしだった母親が亡くなったのは2021年11月。
母の預金があった銀行2行に伝えたところ口座は凍結され、引き出しなどの取引ができなくなった。
Aさんは母の入院費や葬儀費などを立て替えていたため、家計のやり繰りが苦しくなったという。
口座凍結、財産保護が目的
金融機関は通常、名義人の死亡が分かった段階で口座を凍結する。
亡くなった人の財産はすべて相続人の共有になるのが民法の原則で、凍結によって財産を保護するのが目的だ。
相続人が凍結を解除するには「誰が、どの財産を、どのくらい引き継ぐか」を金融機関に伝える必要がある。
公正証書などの形式で法的に有効な遺言があれば遺言を示すことで預金を払い戻したり、口座の名義を変更したりすることができるようになる。
遺言がない場合は相続人全員が遺産の分け方で合意し、分割協議書を提示する。
遺産分割協議が難航したらどうなるか
Aさんの母は遺言を残していなかったため、Aさんと弟(50)が遺産分割協議を始めたが、母の自宅(土地・建物で約2000万円)を巡って協議は難航した。
売却して代金を分けたいAさんに対し、賃貸マンションに住んでいる弟は実家を引き継ぐことを主張。
困ったAさんが司法書士に相談すると「相続預金の払戻制度」の利用を勧められ、22年5月に母の預金1800万円から払い戻しを受けられたという。
払戻制度は2種類
相続預金の払戻制度は政府が民法などを改正し、19年7月に導入した。
遺産分割協議は財産の分け方について相続人全員の合意が必要だが、新制度は協議がまとまっていなくても、
条件を満たせば預金の一定額を払い戻すことを明文化した。
「相続人はそれぞれが単独で申請でき、預金引き出しが柔軟になった」と弁護士の上柳敏郎氏は指摘する。
金融機関に直接申請する方法
払戻制度を利用するには2つの方法がある。
まず金融機関に直接申請する方法で、利用者は主に相続紛争が起きていない人が想定される。
申請する際は被相続人が生まれてから死亡するまでのすべての戸籍謄本と除籍謄本、申請者の印鑑証明書などを添付する。
払戻金額は「相続開始時の預金額×3分の1×払い戻す相続人の法定相続分」で計算する。
金額には上限があり、同一の金融機関から相続人ひとりにつき150万円となっている。
家庭裁判所の認可を得る方法
もう1つは家庭裁判所の認可を得てから金融機関に申請する方法。
相続紛争があり、家裁の調停や審判を申し立てている人が主な利用者とされる。
この場合は相続人がまず家裁に払い戻しの認可を申請する。
申請が通れば審判書謄本、申請者の印鑑証明書などを金融機関に提出する。
払戻金額に上限はない。相続人の当面の生活費などに充てる必要があり、ほかの相続人の利益を害しないと家裁が判断する金額が払い戻される。
金融機関へ直接申請の例
払戻金額はいずれの方法でも預金額などによって様々だ。
金融機関に直接申請する場合で、払戻金額の例をみてみよう。
預金はA銀行に1200万円、B銀行に600万円があり、法定相続人は2人(法定相続分はそれぞれ2分の1)とする。
計算式に当てはめたうえで同一の金融機関で150万円という上限を考慮すると、相続人ひとり当たりの払戻金額はA銀行から150万円、B銀行から100万円の計250万円となる。
払戻金は通常、払い戻しを申請した人の口座に振り込まれる。
振り込まれるまでの期間はケース・バイ・ケースだが「払い戻しの依頼書を提出してから2週間程度が目安」(大手銀行)という。
引き出し時には、他の相続人と連携密に
預金を払い戻してもらう際は他の相続人に伝えておきたい。
単独で払い戻すことはできるが、相続トラブルになりかねないからだ。
払戻金は払い戻しを受けた人が相続分として取得したとみなし、遺産分割協議でその分を前提に調整する必要がある。
注意したいのは被相続人の介護や療養、生活の世話を特定の相続人が一手に担う場合だ。
親の同意を得て一人の子どもが預金通帳やキャッシュカードを管理することが多い。
カードの暗証番号を知っているため払戻制度を利用しなくても預金の引き出しが可能で、「親の死後も故人のカードを勝手に使い続ける人が目立つ」と司法書士の三河尻和夫氏は指摘する。
ただし被相続人の財産は本来、相続人全員の共有財産。
法務省では「損害賠償責任を他の相続人から求められる可能性がある」と話している。