「金融緩和の継続が必要だ」。
政府が次期日銀総裁に起用する方針を固めた植田和男氏(元日銀審議委員)は10日、そう語った。
正副総裁人事案の国会提示後に開く所信聴取でも、同趣旨の発言をするのではないか。
拙速な金融引き締めには動かないという意思表明は、リアリストの植田氏らしいものだ。
日銀審議委員時代の2000年8月、速水優総裁(当時)が主導したゼロ金利政策解除にあえて反対票を投じた出来事も思い出される。
ただし、留意すべきことがある。「金融緩和の継続」という言葉は、必ずしも今の異次元金融緩和を単純に続けるという意味ではなさそうな点だ。
実際、植田氏はかねてこんな問題意識を示してきた。「多くの人の予想を超えて長期化した異例の金融緩和枠組みの今後については、どこかで真剣な検討が必要だろう」(22年7月の日本経済新聞への寄稿)
政策の無理除き、持続性上げる
緩和は続けるべきだとする一方、異次元緩和の検証は必要という同氏の認識。
実は決して矛盾しない。
異次元緩和のうち無理が生じている「異例」な要素は、経済・市場環境や政治情勢を見極めつつ慎重に取り除く。
徐々に「普通の緩和」に近づけて政策の持続性を高め、経済の下支えや市場の安定につなげる。それが植田氏の基本姿勢ではないか。
異次元緩和のうち手直しするのはどの部分か。
国会での所信聴取でどこまで踏み込むかはともかく、例えば長短金利操作政策のうちの長期金利(10年物国債利回り)のコントロールには限界が見えている。
特定の目標を設けて10年債利回りを低く抑えつける異例の政策は、市場機能や財政規律の低下、金融機関収益や資産運用への悪影響など副作用をもたらしてきている。
いつまでも続けにくい。
21年春の筆者のインタビューで植田氏はこう語った。
「本来誘導対象は10年より短い金利にして、10年債利回りは自由に変動させるのが日銀の考え方には合うのではないか」。
日銀は21年春の「政策点検」などで「金利低下の経済・物価への影響は、短中期ゾーンの効果が相対的に大きい」としてきた。
「植田日銀」は、期間5年、あるいはもっと短い2年の金利を操作対象にする方向へとシフトし、徐々に長期金利コントロールから距離を置くのが一案と考えるかもしれない。
ゼロ金利解除は相当慎重に
短期金利についても、マイナス金利という異例の政策の幕引きがいずれあるかもしれない。
ただ、その後のゼロ金利政策の解除は相当慎重に対応するとの情報発信をする可能性が高い。
これは日銀審議委員時代に植田氏が立案を主導した時間軸政策(今はフォワードガイダンスという呼称が一般的)の発想だ。
先行き短期金利を低位に安定させると約束し、長期金利の跳ね上がりなどマーケットの混乱を防ぐ手法である。
前出の日経新聞への寄稿でも植田氏はあえてこう書いた。
「2000年、06年の金利引き上げが長続きしなかったことが思い起こされる」。
2度にわたるゼロ金利解除は早すぎたとの指摘を踏まえ、3度目こそ批判されない慎重な行動が欠かせないとの判断だ。
日銀が緩和的な政策姿勢自体は簡単にやめられない理由は内外にある。
まず日本経済そのものが弱っている。
「様々な構造問題により日本の成長力が下がり、中立金利(経済を刺激することも冷やすこともない金利)が低下した」。
22年春の筆者のインタビューでそう述べた。日銀推計の潜在成長率は0%台前半にとどまる。金利をどんどん上げるのは現実的でない。
労働市場の流動化で成長分野に労働者が移動できるようにするなどの成長戦略が肝要であり、緩和的な金融環境を保ち、それを側面支援するのが金融政策の役割であり続ける。
海外に目を転じれば、米連邦準備理事会(FRB)の利上げ打ち止めが次第に視野に入り、利下げ開始時期への市場の関心も強まり始めた。
米国が金融緩和を始めれば、円高リスクへの配慮から、金利引き上げの難易度は増す。
政治への対応に不安も
金融政策に詳しい学者として日本を代表する存在である植田氏を、国際的な人脈が豊富な氷見野良三前金融庁長官と、日銀で異次元緩和の企画・立案に深く関わった内田真一氏(現在理事)が副総裁として補佐する。
強力な布陣に見える次期体制だが、不安もある。
政治に強いタイプがいないと指摘される点だ。
自民党の最大派閥、安倍派ではアベノミクスの転換を警戒する空気が根強い。
日銀が政策修正を進める際に、政治・政局への目配りは重要だ。
日本経済の体力を強める成長戦略の実施や財政政策の持続性を高めるための支出の効率化を、政府に適切に働きかける努力も日銀にとって重みを持つ。
財務省など政府へのパイプが太い加藤毅理事(現在は内部管理を担当)が内田氏の後任の金融政策担当理事に起用され、調整役を担う可能性もある。
「博士号を持った世界標準の中央銀行トップが日本にもいよいよ誕生する」。
ある有力な日銀関係者は期待を込めて語るが、経済、市場、政治の各方向から襲ってきそうな荒波への対応は決して簡単ではないだろう。