労働者への分配、バブル以来の低水準
働く人の賃金への分配が滞っている。
財務省の法人企業統計をもとにした民間試算で、2021年度の労働分配率は62.6%と前年度から5.7ポイント低下した。
バブル景気で企業の利益が伸びた1990年度以来の低水準だった。
利益を内部留保や配当に回す企業の姿勢が影響している。
物価高が続く中、賃金への十分な還元がなければ個人消費を下振れさせかねない。
労働分配率は企業の稼ぎがどれだけ人件費に回ったかを示す。
低下するほど企業の利益が賃金にまわらず、消費は伸び悩む。
分配率が高すぎると投資余力が減るなど経営上のリスクになる。
短期的には好景気では利益が増えて下がり、不景気では逆に上昇する。
分配率はSMBC日興証券の丸山義正氏が法人企業統計の年次調査をもとに推計した。
利益の二重計上を防ぐため、純粋持ち株会社はデータ取得可能な2009年度以降、除外した。
雇用調整助成金の影響を調整するため、税引き前当期純利益をベースにした。
21年度の労働分配率は1990年度(61.9%)以来の低さだった。
税引き前利益は2020年度比で58%増の78兆円と過去最高を更新したが、人件費は206兆円と6%増にとどまり、低下につながった。
丸山氏は「労働者への分配は増加の方向にはない。企業は賃金引き上げも進めていく必要がある」と話す。
分配率はバブル崩壊後の1990年代に上昇し、2001年度に78.6%とピークをつけた。
その後は増減を繰り返しながら低下傾向にある。
バブル後の「雇用、設備、債務」の3つの過剰に苦しんだ企業は00年代に入って債務圧縮にメドをつけ、収益力を回復させてきた。
利益は増えても人件費は横ばい
21年度に税引き前利益は00年度の3.8倍に増え、内部留保にあたる利益剰余金は480兆円(持ち株会社を除く)と2.5倍に膨らんだ。
この間、人件費は1%しか増えていない。
労働分配率が右肩下がりなのは株主重視の姿勢もありそうだ。
21年度の配当金は00年度の5.4倍に増えた。
賃金決定の横並び体質も指摘される。
「ベアや賞与は業界内で情報交換しながら同業大手とおおむね同額になるようにしている」。
大手素材メーカー幹部はこう話す。
「他社より飛び抜けた賃上げ要求や回答は出にくい」と明かす。
10年代に官製春闘は盛り上がったが、分配率の低下トレンドは変わっていない。
円安や資源高による物価上昇を受け、国内企業の間では賃上げを通じて人材をつなぎとめようとする動きが出てきた。
AGCは7月に08年以来の全職種対象のベアを実施。
大塚商会も00年の株式上場後で初の全職種対象のベアに踏み切った。
一方、鉄鋼業界の関係者は「今後に控える巨額投資なども含め適切な賃金を見極めていく必要がある」と話す。
鋼材価格の上昇で同業界は大幅増益が相次ぎ、21年度の労働分配率は産業全体より低い水準にとどまった。
鉄鋼業界は温暖化ガスの排出が多く、脱炭素投資に業界全体で50年までに10兆円規模が必要になる。
鉄鋼大手は22年度に現行方式では過去最大の賃金改定を実施したが、今後は巨額投資と処遇改善の両立が課題となる。
22年度の最低賃金は過去最大の上げ幅となり、中小企業の賃上げ支援など分配強化に向けた政策が続いている。
足元では物価高が消費者の購買力を目減りさせている。
企業が原材料価格の高騰を適正に価格転嫁して利益を確保し、その分を多くの労働者に賃上げで還元する好循環をつくれるかどうかが、持続的な経済成長への課題となる。
他の先進国でもこの20年間、労働分配率は低下傾向にある。
SMBC日興証券とは異なり、国内総生産(GDP)統計をもとにした内閣官房の試算では、00年に56.4%だった米国の分配率は19年に52.8%に下がった。
ドイツは53.4%から52.3%に低下。日本は50.5%から50.1%に微減している。
新興国の台頭による賃金の伸び悩みや生産性の高いIT(情報技術)企業の出現などが要因とされる。分配率の低下が格差拡大を招いているとの批判は根強い。