岸田文雄首相が掲げた「異次元の少子化対策」の大きな柱のひとつが、児童手当の拡充です。
いまの児童手当は、中学生以下の子ども1人あたり原則1万〜1万5千円です。
所得制限があり、子ども2人の専業主婦家庭では、夫の年収960万円以上で月5千円の特例給付のみとなります。
1200万円以上は昨年10月から特例の支給もなくなりました。
選択肢となるのは、所得制限の撤廃や対象年齢の引き上げ、多子世帯への上乗せなどです。
国会の議論も活発になっています。
政府は3月末までに支援全体の「たたき台」をつくる予定です。ただ、児童手当拡充は簡単ではありません。
まずは財源です。いまの給付額は約2兆円ですが、すべてを実現するには数兆円かかります。
政府は子ども予算全体の「倍増」もうたっていますが、具体的な議論はまだです。
税や社会保険料、事業主拠出金などの負担が増すことへの警戒感も出ています。
次はバランスです。少子化対策はお金だけではありません。
子育てサービスの拡充、両立支援策の強化はもちろん、経済面の不安から結婚に踏み切れない若者の就労支援など、総合的な施策が必要です。
子育て支援に詳しい柴田悠京大准教授によると、国内外の研究では現金より現物給付のほうが効果は高い傾向にあるといいます。
「児童手当は財源さえ確保できれば比較的早く実行できる、有効な手段」としつつ、「さまざまな対策を組み合わせて、若者の雇用を安定させ、経済的、心理的、身体的な負担を減らすことが不可欠」と話します。
さらに大事なのは、制度への信頼性でしょう。
長年の場当たり的な変更は、子育て世帯を翻弄してきました。
2010〜12年の「子ども手当」が一例です。
民主党政権下で初めて所得制限をなくしましたが、選挙公約の2万6千円は実現できませんでした。自民党は「ばらまき」と批判し、公明を含む3党協議で所得制限復活も決まりました。
当時、子ども手当の財源のために廃止された「年少扶養控除」はいまも廃止されたままです。
特例給付はその影響緩和のために設けられました。
昨年10月に一部の支給をやめたのは、今度は保育の財源が足りなくなったためです。
そもそも1972年の制度開始時から児童手当は脆弱で、廃止論もたびたび浮上しました。
「企業は家族の分も含めて賃金を払っている」「日本は欧州のように社会で子育てをする意識になじまない。子育ては家族の責任」などの声が背景にありました。
22年の日本の出生数は77万人程度に急減する見通しです。
児童手当などの少子化対策をどこまで拡充できるかは、「社会全体で子育てを支える」という強いメッセージと具体的な財源確保策を、岸田首相が打ち出せるかにかかっています。
柴田悠・京都大学准教授「少子化対策は暮らしやすい社会への一歩」
子どもの数が急速に減少するなか、政府は少子化対策を最重要課題にあげました。
とくに児童手当をめぐる議論が、国会で活発になっています。どう少子化対策に取り組むべきか、柴田悠・京大准教授(社会学)に聞きます。
――少子化が加速しています。
「いまの若い世代は、生活に余裕がありません。長期的にゆとりが持てるという見込みがないと、子どもを持つ壁は高くなります。『子育て罰』という言葉がはやっていますが、まさに象徴的です。子どもを持つと負担が増えて幸福感が下がり、罰を受けたようになる。これをなくす施策が急務です」
「若い世代の雇用安定はもちろん、児童手当の拡充や教育費軽減、保育サービスの充実、両立支援など、さまざまな対策を組み合わせて、経済的、心理的、身体的な負担を減らすことが欠かせません。親となる世代の人口は年々減り、後になればなるほど、出生率が上がっても出生増につながりにくくなります。2030年がタイムリミットです」
――岸田首相は児童手当など経済的支援の強化を第一にあげました。
「どんな支援策に効果があるかは、国内外に実証研究があります。それぞれの国や地域に特有の事情もあるのですが、全体の傾向としては現金給付より保育サービスなどの現物給付のほうが効果は高いとされています」
「ただ、少子化の進行は想像以上です。児童手当は財源さえ確保できれば比較的、早く実行できます。政府がかかげる『希望出生率1.8』と現状(1.30=21年)との乖離(かいり)を早急にうめるうえで、児童手当は有効な手段といえます」
――どう強化すべきでしょうか。
「論点のひとつが所得制限です。児童手当ではありませんが、出産時の一時金によって低所得層の出生率が上がった、という国内の研究があります。ただ、高所得者にも一定の額は支給するほうが社会的な支持が得られ、制度が安定するのではないでしょうか。『すべての子どもを支える』というメッセージも明確になります」
「多子世帯への加算も論点になっています。全員上乗せと多子加算のどちらがより優先かは難しい判断であり、明確なエビデンスもありません。多子加算は金額的なインパクトを出しやすい一方、結婚できないという人や、1人目を持つのも大変という人にはインパクトが薄いかもしれません」
「児童手当の効果を高めるうえで不可欠なのが、政策の持続性への信頼感です。将来の減額や制限への不安があるからです。高等教育の学費軽減策についても、同様です。『社会で子育てを応援する』という立場から、裏付けとなる財源を確保することが政府には求められます」
――ほかにはどんな対策が必要ですか。保育サービスは急増しましたが少子化は止まりませんでした。
「もし増やしていなければ、出生率はもっと下がっていたと思います。東アジアは全般的に『育児は家族の問題』という社会的な意識が強くあります。核家族化が進み、女性に負担が偏ったワンオペ育児の状況では、子育てや結婚は難しくなっています」
「保育には親の負担を減らし、子どもを産み育てやすい環境を整える、という効果があります。また、子どもの発達にプラスの影響を及ぼすことが、日本での実証研究で明らかになっています。親の就労という利用条件をなくし、1〜2歳児は専業主婦家庭でも保育を使えるような仕組みが必要でしょう。前提として、職員配置の見直しや処遇改善により、保育の質を向上させることは欠かせません」
「少子化対策には、労働生産性を上げて、賃金を増やしつつ、長時間労働をなくし、父親の育児を増やすことも重要です。デジタル化などによって働き方をより柔軟にする企業の取り組みがカギを握ります」
――財源確保は難しい課題です。
「少子化対策は、大きなリターンが期待できる未来への投資です。労働力が増え、納税額が増えるだけでなく、日々のコミュニケーションを豊かにし、新たなイノベーションも生まれやすくなります」
「消費税の増税や社会保険料への上乗せは、若い世代の負担を増やしてしまいます。余裕のある人に負担してもらう資産課税の強化を徐々に進めつつ、当面は国債の発行でつなぐことも考えてはどうでしょうか」
「米国に、興味深い研究があります。私生活と仕事の両立を助ける政府や企業による両立支援(フレックスタイム、有休、育休)が充実した国では、育児にともなう幸福感の低下がみられず、国民全体の幸福感も高い傾向にありました。子どもを産み育てやすくすることは、だれもが暮らしやすい社会への一歩といえるかもしれません」