社員に希望しない転勤を求める雇用慣行の見直しが進まない。
転居を伴う異動は時代にそぐわない
共働きが増え、介護など事情を抱える社員もおり、時代にそぐわなくなりつつある。
新型コロナウイルス禍でのリモートワーク普及を追い風に脱転勤に動く企業もある。
人生設計やキャリアを優先し転職も当たり前の時代。必要性を吟味しなければ、社員の心は離れていく。
毎年60万人以上が転勤
「結婚や子どもなど今後の人生を考えたら転勤は悩みの種だった」。
東京都内のIT(情報技術)企業で働く30代男性は昨年、大手メーカーからの転職を決意した。今働く会社は原則、転勤がない。
実際に転勤する人はどの程度いるのか。
リクルートワークス研究所の推計では毎年60万~70万人程度で横ばいが続いている。
日本の労働力人口(約6900万人)の1%が会社の指示で勤務地を変えている。アート引越センターによると、コロナ禍で一時落ち込んだ転勤に伴う引っ越しはコロナ前の水準に戻りつつあるという。
人材サービス大手エン・ジャパンの2019年の調査では6割超が「転勤が退職のきっかけになる」と回答した。
転勤拒否の理由は「配偶者も仕事をしている」「子育てがしづらい」「親の世話・介護がしづらい」が多かった。
転職をされても、転勤制度を続ける企業
人生を左右する転勤に働き手は反旗を翻しかねない。それでも多くの企業は転勤制度を続ける。
強い人事権が会社経営の柔軟性を高める面もあるためだ。
転勤は終身雇用制度と表裏一体でもある。会社都合で転勤辞令を受ける半面、安定した雇用が約束されてきた。
こうした関係を象徴するのが1986年の東亜ペイント(現トウペ)訴訟の最高裁判決だ。
転勤命令に従わず解雇された元社員の男性に対し、最高裁は単身赴任などの家庭生活への影響を「通常甘受すべき程度のもの」と結論付けた。
判決から間もない90年前後に変化の兆しが見られたと指摘するのは中央大大学院の佐藤博樹教授だ。
当時、家族帯同ではなく単身赴任が増えていた。「夫の転勤に付いていくのが当たり前という意識が変わり始めた」(佐藤教授)
90年代は共働き世帯が専業主婦世帯を上回った時期にあたる。
共働き世帯は21年に約1250万世帯と、専業主婦世帯の2倍以上だ。
佐藤教授は「家族帯同はおろか単身赴任も難しい人が増えた。転勤制度は転換期にあり、企業は悩んでいる」とみる。
改正育児・介護休業法
政府も02年に改正育児・介護休業法で転勤について育児や介護に「配慮しなければならない」と定めた。
17年には厚生労働省が「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」をまとめ、見直しを促した。
労働契約の際、勤務地の変更範囲を明示するよう義務付ける労働基準法改正の議論も進んでいる。
企業は勤務地を「都内」「会社の定める場所」などと事前に示す必要が生じる見通しだ。
労働法に詳しい山中健児弁護士は「企業はフリーハンドの転勤命令権を持つわけではない」と変化を語る。親の介護や子の通院を理由に転勤命令を無効とした判例もある。
異動が必要な理由を説明できるようにするなど丁寧な対応が求められる。
見直す企業も
見直す企業も出てきた。
NTTは21年に健康経営の推進を掲げ、転勤や単身赴任の有無を含め、働き方を見直す方針を示した。
現在、グループ全体で転居を伴う異動は年8千件ほどある。
転勤を全廃するわけではないが、地方に住みながら東京の部署に所属するといった働き方を選びやすくする。
富士通も転勤を見直し、国内グループ全体の単身赴任者は20年7月の約4千人から22年5月には約2500人になった。
新型コロナ感染拡大でリモートワークが浸透し、働く場所の制約が小さくなったことが転勤縮小を後押しする。
ただ、こうした企業はまだ少数派だ。
労務行政研究所が21年1~3月に実施した調査では転勤発令の増減を「変更する予定はない」が8割超に上った。
リクルートワークス研究所アドバイザーの大久保幸夫氏は「人事権を手放せば、配置転換による人員調整ができなくなるとの心配が先に立つ」と企業の本音を代弁する。
転勤には人材育成や組織活性化などの効用もある――。
そんな擁護論も大久保氏は「転勤でなくても育成はできる。本当の目的は何か。考え方を整理し、必要最小限にすべきだ」と主張する。
夫の転勤に伴って仕事を辞める女性は少なくない。再び就職しない人が多いとの調査もある。妻の転勤に夫が同行するケースも増えるだろう。
一方的な辞令は配偶者のキャリアを分断しかねない。人手不足社会を迎えた日本では旧来型の転勤制度を続けることは人材確保上のリスクにもなる。
キャリア、自分で決める
新型コロナ禍は転勤への意識を変えた。
就職情報サービスの学情が5月、20代に調査したところ、7割弱が「転勤を希望しなくなった」と答えた。
転職時に転勤を意識するとの回答も8割あった。
能力に応じて職種別に採用する欧米と異なり、日本は新卒一括採用で幅広い職種を担わせてきた。
「就社」と呼ばれ、特に大企業では専門スキル向上より企業に最適化した業務能力が優先される。
キャリア形成は会社主導になり、会社の意向による転勤が根付いた。
柔軟な働き方を取り入れる
柔軟な働き方を取り入れるサイボウズは転勤も原則は希望者を募る方式だ。
就業規則に「転勤は会社と従業員が合意」して行うと明記する。転勤希望者がおらず新拠点開設を延ばしたこともあったという。
社員自身が「どうしたい」というキャリアの希望を会社に伝えることを重視する。
見直しは終身雇用や総合職制度、長時間労働などの雇用慣行の改革とセットだ。
自由な働き方を選べば、その分、待遇や仕事の安定が犠牲になるかもしれない。
転勤が「悪」とは言えない。成長に資することもある。「短期間で人間関係を築き、結果を出すことを学んだ」。住宅販売会社に勤める男性(40)は希望して複数の支店で働き、より大きな責任を持って仕事ができたと感じている。
定年も延び、自らスキルを磨いてキャリアを築く必要性は高まっている。
企業は転勤以外の形で、社員を後押しする工夫がいる。
所見
ゼネラリストからスペシャリストの流れを作りたいなら、転勤は減らすべき。
ただ、過去からの雇用慣行が見直されれれば、終身雇用や正社員・非正規社員という制度も無くなるだろう。
サラリーマンは今の待遇が犠牲になること恐れるため、転勤を甘んじて受け入れる文化は根強いか。